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慶應生 UCLA留学 奨学金&金融リテラシー

慶應生。高校を英国で過ごし、2年間でA-levels(英国卒業認定資格)を獲得。その後、慶應大学に入学し、9月よりUCLA留学予定。

エリートの価値

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慶應大学経済学部にはいり、アメリカまたはフランスのトップ大学に留学する予定である。また競争のあるゼミナールに所属する。また、留学の為に経団連などから給付奨学金を出してもらうことが決まっている。

 

それらの為には、TOEFLのハイスコア、大学の成績、課外活動、ゼミ試験、などにおいて非常に競争を強いられる。ただそれらはある程度将来の仕事のできに有意に作用はする可能性もあるが、大学の成績が高いからといって使える人材かは決まらない。謂わば、エリートが使える人材かは定かでない。エリートは、パフォーマンスが数値で出ることを怖がる傾向もあるように感じる。だから、数値の出にくく、安定した公務員になりたがる人間が増えているのだろう。これは、エリートだからといって、常に仕事の中で良い数字を出さないということを暗に示しているだろう。

 

では、一体エリートの価値とはなんだろう。エリートになることの価値はなんだろう。

1つは、努力量を示すことができる、という点にあると思う。必要な試験に対して合格点を常に取ってきた、という常にどんな環境においても努力を続けられることができる、というシグナルを与えられるように思える。

 

もう1つは、そのような努力集団を形成し、叡智の集団を作り上げることだろう。1人がいくら努力しても平均を1としたら1.2ぐらいにしかパフォーマンスは伸ばせないだろう。脳の能力はそもそも個体差があまりないし、人は皆時間量というリソースの限界があるからだ。しかし、1.2の人々があつまり知識の共有を行うことでどんどん1からさらに乖離していく。それがエリート大学、エリートゼミなどの役割だと思う。その時、そのグループに努力をしないフリーライダーを入れてしまってもあまり組織にメリットはない。組織にメリットがある努力をする人間であることを示す為に、試験があるのだろう。

 

だから、私は厳しい競争が続くが、戦い続ける。より努力量をシグナルするため、そしてより多くの努力集団に所属するため。